スポンサーリンク

昨日、マルコス元大統領の埋葬が行われた。英雄墓地 Libingan ng Mga Bayani (Heroes’ cemetery)に埋葬されることをマルコスは熱望していた。また、彼の家族も強く望んでいた。

前政権のアキノ大統領の時代は、父親が暗殺されたために、絶対に英雄墓地での埋葬は認められなかった。しかし、ドゥテルテは許可し、また最高裁判所も認めたので、埋葬が行われたのだ。

当日は、墓地内には報道関係者は入れずに、中の状況は分からなかった。ただ、ビデオが取られており、それがyoutube に投稿されているので自分はそれを見ていた。

Ferdinand Marcos の遺体はヘリコプターで墓地に運ばれてきた。

墓地内で、荘厳が儀式が行われていた。儀仗兵(honor guards)が並んでいて、儀礼の発砲(gun salute)があった。イメルダはもう車いすで動いている。彼女は86歳だ。その横におなじく車いすで移動しているのはマルコスの妹である。

家族だけの埋葬である。儀仗兵を除くと、20~30名程の集まりか。長女であるエイミ-・マルコス(イロコス・ノルデ州の知事)が何やらスピーチをしている。支持者に対する感謝の念である。また、ボンボンマルコスの姿も見える。彼はドゥテルテ大統領への感謝を表すスピーチをしていた。

さて、墓地の外側には抗議者がたくさん集まっていた。かれらは Marcos is not a here. とか Never forget. というスローガンを掲げていた。根強い反マルコスの感情があることが分かる。警察は墓地内の入り口に立って反対派が中に入れないようにしていた。

さて、このマルコスの墓はどうなるのか。ある議員はドゥテルテの次の大統領の時に、掘り起こして彼の遺体を移動させるなどと言っていた。

マルコスの英雄墓地への埋葬は、アキノ時代には考えられなかったことだ。しかし、この6年間のベニグト・アキノ3世の大統領としての業績への失望が、英雄墓地への埋葬を可能にしたと言えよう。もちろん、ドゥテルテのLet bygone be bygone. という考えが後押ししたのであるが。

マルコスの葬儀
マルコスの葬儀