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マラウィの戦いはまだ続いている。こんなに長く続くとは多くの人は思っていなかったのではないか。ところで、ドゥテルテ大統領は殉職したフィリピン国軍の兵士の遺族の家を一軒一軒訪問して、遺族を抱擁して、金銭的な支援を約束したそうである。従来の大統領は、殉職した兵士の遺族とは距離を置いていたが、そこまで親身になって面倒を見ようという態度に人々は驚いている。

ドゥテルテは服装はあまり構わない。例えば、靴だが、前が破けて、歩くたびに靴の口が開くのであるが、彼は構わずにそれを使用している。これまた人々を驚かせている。

ドゥテルテは毎週、地元のダバオに戻るのだが、飛行機はセブパシフィック航空を使うのである。セブパシフィックは格安の飛行機であり、サービスがひどいので、日本人などは利用をためらうかもしれない。ドゥテルテは、セブパシフィック航空を平気で使う。そして、エコノミークラスを使うのである。彼は一番後ろに、その前にボディーガードを座るのであるが、エコノミークラス利用とは、これまた呆れる。アメリカの大統領は専用機エアーフォースワンを使うが、フィリピンの大統領は格安航空のエコノミー席を使う。この差は一種の驚きである。

GDJ / Pixabay

ドゥテルテはアメリカに対してバランギガのカトリック教会の鐘を返還するように要求している。バランギガ町では、サマール島の虐殺として有名な事件が起こった。1901年、アメリカがフィリピンの支配を始めた頃、サマール島のバランギガのゲリラがアメリカ軍を襲撃して48名のアメリカ軍が犠牲になった。それに対して、アメリカは報復として、町の市民、10歳以上の男性を皆殺しにした。その犠牲者の数は2,000名とか50,000名とか諸説があるが、とにかく相当数のフィリピン人が殺された事件がある。

その時に、アメリカ軍は教会の鐘を3つほど戦利品として持ち帰った。現代、そのうち2つはアメリカにあり、一つは韓国に駐留するアメリカの連隊が所有しているのである。ドゥテルテは、それはフィリピンの歴史的な遺産であるから、返却すべきと述べている。

ラモス元大統領の時に、クリントン大統領は返還の意図を示したが、ラモスはそれをあまり関心を示さなかった。そのことも蒸し返されて、ラモスは何をやっていたんだ、と人々の怒りをかっている。

ドゥテルテの教会の鐘の返還要求には、アメリカ政府はまだ回答していないが、両国に存在する負の歴史に終止符をうつためにも返還は必要なことであろう。

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