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ドゥテルテは本来は大統領になる気はなかったようだ。アキノ前大統領の時に、次の有力な大統領の候補にはロハスがいた。彼は副大統領の候補として、ドゥテルテに目をつけて、ダバオまで行って、自分の副大統領になるようにと説得をした。その時には、ドゥテルテは「自分はもう引退だ」との理由で固辞したのだ。

しかし、このことが契機となって、周りの人がドゥテルテに大統領候補として立候補するように勧めるようになった。彼はついに立候補を決意する。その後は、ご存じのようにあれよあれよという間に大統領になってしまった。

アキノ前大統領はロハスを自分の後継者にしたかった。しかし、アキノは政権末期になって人気がなくなった。はじめは、かなり評判が高く何かをやってくれるだろうと言うことで、期待されていたが、結局は何も成果らしいものを挙げられなかったのだ。

今、フィリピンの人々の間には、アキノ家自体への失望感が広がっている。母親も結局は何もやらなかった、との認識である。まあ、財閥の一人であるアキノが、自分の地盤の沈下につながる財閥解体や大地主の土地の分配などは無理であったのだ。

空港は現在は暗殺されたアキノ上院議員の名前に因んでニノイ・アキノ・インターナショナル空港となっているが、これをマニラ・インターナショナル空港に戻そうとの動きもある。これはアキノ家への失望感と結びついている。

また、コラソン・アキノ大統領の時代に死刑が廃止され、それはラモスの時代に死刑が復活して、さらにアラヨ大統領の時代に死刑が廃止された。そして、現在では、ドゥテルテはまた死刑制度の復活を考えている。というよりも、彼は麻薬売人の射殺を行っているので、実質的には死刑制度は復活しているのだ。

このことに関してだが、死刑制度の廃止をコラソン・アキノが決定したことで犯罪者の数を増やしてしまったと考える人もいる。麻薬の影響下にあると、殺人・強姦など何でも行ってしまう。その場合は犯罪、それも凶悪な犯罪の場合が多い。これに対抗するには、死刑しかないとの認識だ。

前大統領は自由党の所属であり、自由党から立候補したロハスを前大統領は応援していた。これはあくまで噂だが、選挙管理委員会は自由党の影響にあり、選挙でいろいろと自由党に有利になるようにカウントしたと言われている。ドゥテルテは本当は2千9百万票の投票があったが、これは公表段階では、1千6百万票に下げたそうだ。ただ、やはりドゥテルテを大統領として当選扱いにせざるを得なかった。世論調査では、ドゥテルテが圧倒的な支持率だったので、これを落とすと、あまりに露骨な不正であると考えたようだ。

しかし、副大統領戦では票のカウントに不正を行ったと言われている。自民党から候補者であるレニー・ロブレドが副大統領に選ばれたが、世論調査ではボンボン・マルコスへの支持率のほうが高かったのだ。自由党が影響を持つ選挙管理委員会が、やはり何かの不正を働いたのではという噂がある。

アメリカでは正副大統領は同じ政党から出馬して一緒に選挙が行われる。フィリピンでは、別々に選挙が行われるので、大統領と副大統領が違う政党に属することが起こる。現在のフィリピンでは、正副大統領は同一の政党に所属せずに、そのために、二人は仲は悪い。ドゥテルテは今回の中国訪問でもロブレド副大統領は連れて行かずに、ボンボンマルコスを連れて行き、中国では、He is  our new vice president. と紹介している。

自由党の戦略は麻薬犯殺害を理由に大統領の弾劾(impeachment)を行い、副大統領を大統領に昇格させることである。そのために、アメリカや国連に情報を提供して人権侵害に関して干渉依頼を行っているが、その点で、ドゥテルテは怒っている。

なお、ドゥテルテは自分の年齢が71歳であることから、いつまでもこの職を続けられるか分からないと考えているようだ。かれは自分の協力者である、警察庁長官のバトゥを次の大統領だと持ち上げているが、これは半分は本音ではないか。

下の写真は中国首脳との共同会見である。ポケットに手を入れて、ガムを噛んだり、会議中に居眠りをしたと言われている。とにかく、型破りの大統領であることは間違いない。

ポケットに手を入れたり、ガムを噛んだりしている。
ポケットに手を入れたり、ガムを噛んだりしている。
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