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2016-04-25

昨日の24日にフィリピン大統領選挙の候補者の最終討論会(Presidential Town Hall Debate)が行われた。これを見るとこの討論会はアメリカの真似をしていると感じられる。アメリカでも大統領候補者の公の討論会が行われる。違いといえば、アメリカではみんなネクタイをしているが、フィリピンではポロシャツやバロンタガログで討論会に臨むという点か。

この選挙だが、ついこの間までは、グレース・ポーがリードしていると言われていたが、このところ、ロドリゴ・ドゥテルテが優位に立っている。ポーはマニラ地区ではぶっちぎりでダントツであったが、ここもドゥテルテに負けている。

討論会を聞いてわかったことは、ドゥテルテは頻繁に英語を使う。スピーチの3割か4割は英語で話す。残りはタガログ語(フィリピン語)で話す。二つの言語を交代で使っている。これは彼はタガログ語が自分の母語ではないので、本当はビザヤ語を使いたいのだが、これは方言なので、公の席では使うわけにはいかない。タガログ語でうまく表現できないと感じるところは、代わりに英語で表現しているようだ。

その他の候補者はもっぱらタガログ語でのみ演説をしている。英語を使うことはほとんどない。ポーなどはアメリカ在住が長いのだから、英語を話しそうだが、まったく封印している。

ドゥテルテは最近はオーストラリアの修道女が惨殺された事件で自分が rape したかったと冗談を言って、大きな非難を受けた。オーストラリア政府はドゥテルテが大統領になったら、フィリピン人の労働者をフィリピンに戻すなどと言っている。ドゥテルテは自分の発言に謝罪をしたのだが、オーストラリア政府の怒りは収まらないようだ。

ポーは大統領候補の資格がないのではと、しばらく立候補が許されなかった。彼女は映画スターのフェルデナンド・ポー・ジュニアへ養女として育てられ、アメリカで働いていたが、養父が大統領選に出馬したので急遽フィリピンに戻ったのである。フィリピンに在住していた期間が足りないので候補者の資格がないのではと言われたが、最終的には認められた。

ところで、養父が選挙に出た2004年の大統領選は本当は養父が勝っていたが、アロヨが不正で投票の積み増しをしたと言われている。アロヨは在任中は、特に後半は評判の悪い大統領になってしまった。任期後に裁判を起こされると病院に入院したり、と追求を避けている。現在は国会議員なのだが、ほとんど登院しないで、入院中?と聞く。

なお、今中国と係争中の島はアロヨが中国に売った島だという噂があるが、さすがにこれはでたらめであろう。 

ドゥテルテとポーの討論
ドゥテルテとポーの討論

 

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