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2015-07-17

昨日は、紙村徹氏(立教大学アジア研究所)による講演を聞いた。演題は「ジョウ・ミヤバ氏の口頭伝承にみるインドネシアとパプアニューギニア間の国境貿易」であった。主催は帝塚山学院大学国際理解研究所であり、その平成27年度第一回国際理解サロンの活動であった。紙村氏は講演中つねに大笑いをする人で、研究が楽しくてしようがないという印象であった。またたくさんの引き出しがあり、そこからいろいろな物を取り出してくる。

紙村氏はパプアニューギニアでのフィールドワークを専門にされており、その体験からいろいろなことを語ってくれた。まずジャウ・ミヤバ氏の話をしてくれた。彼の父は戦時中に日本軍のシーボーイ(軍役)として従事する(なお、ニューギニアは日本兵は16万人ほど展開したが、生還できたのは9000人だけとのこと)。

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ジャウ・ミヤバ氏から家族の歴史を聞き出し、そこに口頭伝承の典型を見出している。太平洋戦争は70年前だが、彼の家族の歴史においては昨日のことのように語られる。当時の日本兵の有様が生き生きと語られる。書き言葉ではなくて、話し言葉で伝承されると、時系列がかなり主観的に再配置されるようだ。以下、自分が学んだことをリストアップしてみる。

  • 日本兵にとって大切な3点セットは、飯ごう、水筒、凸レンズである。生きていくために、武器よりも大切な物だった。
  • 大麻は土地の人にとって black magic を行う上で大切であった。なお、インドネシアでは大麻は厳罰に処せられるが、それでも大量がパプアニューギニアから密輸入される。
  • clove (チョウジ)は香料諸島でしか当時は取れなかった。ヨーロッパ人たちは一攫千金を夢見て香料諸島に殺到する。clove が大航海時代を引き起こしたと言ってもいい。
  • 極楽鳥の羽は貴重であり、ヨーロッパの貴婦人の帽子を飾る物だった。今では、乱獲のために数はかなり減っている。(その写真がスライドに掲載されている)

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いろいろな話があった。たくさんの話が洪水のように溢れ出た。私はパプアニューギニアにおける書き言葉の存在を質問したら、紙村氏は次のように答えた。「書き言葉は普及していない、私はレビ・ストロースの述べたように、話し言葉が消えて行く前に、多くの伝承を書き残すのが自分の役目と理解して、そのようにパプアニューギニアの人にも話して協力してもらった」であった。